副業を認めるかどうかで迷っている経営者が最初に確認すべきなのは、就業規則の文言ではありません。「その副業が雇用契約かどうか」です。ここが雇用契約なら労働時間の通算義務が発生し、業務委託なら発生しません。この一点で、必要な管理コストは10倍変わります。この記事では、30〜150名規模の会社が副業を解禁するときに揃える書類3枚と、通算の手間を最小化する具体的な手順を示します。
副業を認めるために揃える書類は、規程・申請書・月次報告の3枚です
副業解禁というと就業規則の改定だけが話題になりますが、実務で回すには3枚必要です。
| 書類 | 役割 | 更新頻度 |
|---|---|---|
| 副業・兼業規程(就業規則の一部) | 禁止できる4つの事由と、届出の義務を定める | 制定後は原則据え置き |
| 副業届出書(申請書) | 契約形態・所定労働時間・時間帯を把握する | 開始時と内容変更時 |
| 月次実績報告フォーム | 実際の労働時間を自己申告で回収する | 毎月1回 |
この3枚のうち、多くの会社が用意し忘れるのが3枚目です。規程と申請書だけを作った会社は、半年後に「誰がどれだけ働いているか誰も知らない」状態になります。労働時間の通算は、申請時点の見込みではなく実績で管理する必要があるからです。
労働時間を通算するのは、副業先が「雇用」のときだけです
労働基準法38条1項は、事業場が異なっても労働時間は通算すると定めています。ただしこれは「労働者を使用する」場合の規定です。つまり、通算義務が生じるのは副業先とも雇用契約を結んでいるときに限られます。
- 通算が必要:他社のアルバイト、パート、契約社員として働く(雇用契約)
- 通算は不要:業務委託、請負、フリーランス、自営業、不動産賃貸、株式投資(雇用契約ではない)
ここを理解すると、副業解禁の設計方針が変わります。管理負荷を抑えたい会社は、規程で「雇用契約を伴う副業は原則不可、業務委託であれば届出制」と分けるだけで、通算管理の対象をほぼゼウにできます。実際、社員側も「土日にコンビニで働きたい」より「スキルを活かして単発の仕事を受けたい」というニーズのほうが多いため、この線引きで困る人は多くありません。
もっとも、飲食・小売・介護など、時給での掛け持ちが自然な業種では雇用型の副業を排除できません。その場合は次の手順に進みます。
申請から月次管理までは、4つの手順で回ります
福岡で30〜150名規模の会社の就業規則と人事制度を並行して設計してきた経験から言うと、副業の運用が続く会社と止まる会社の差は、手順の数です。5つ以上の工程を設計した会社は、3か月で止まります。以下の4つに絞ってください。
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手順1:規程には「許可制」ではなく「届出制+4つの禁止事由」と書く
厚生労働省のモデル就業規則は2018年1月の改定で、副業を原則容認する内容に変わりました。裁判例でも、勤務時間外は本来労働者の自由時間であり、会社が全面禁止することは認められにくいとされています(マンナ運輸事件・京都地裁2012年)。
したがって「会社の許可がなければ副業禁止」という条文は、そのままでは機能しません。代わりに、届出制にしたうえで以下の4つを禁止事由として明記します。
- 労務提供上の支障がある場合(本業の勤務に影響する長時間労働など)
- 業務上の秘密が漏洩する恐れがある場合
- 競業により自社の利益が害される場合
- 自社の名誉・信用を損なう行為がある場合
この4つは、実際に副業を制限する必要が出たときの根拠になります。逆にこれを書いていないと、深夜のアルバイトで本業のミスが増えた社員に対しても、注意する法的な足場がありません。
手順2:届出書で「契約形態」と「所定労働時間」を必ず取る
届出書の目的は許可の判断ではなく、通算義務の有無を判定することです。契約形態が業務委託であれば、その時点で通算管理は不要になり、以降は健康状態の確認だけで済みます。
手順3:雇用型の副業には、先に「管理モデル」を採用する
雇用型の副業を認める場合、原則どおりに運用すると日々の管理が破綻します。所定労働時間は契約を結んだ順に通算し、所定外労働は実際に働いた順に通算する、というルールだからです。副業先の残業が発生するたびに自社の割増計算が動くことになります。
これを避けるために厚生労働省が示しているのが「管理モデル」です。仕組みは単純です。
- 自社(先に契約した側)の1か月の法定外労働時間の上限を、あらかじめ決める(例:30時間)
- 副業先の1か月の労働時間の上限を、あらかじめ決める(例:40時間)
- 合計が単月100時間未満、複数月平均80時間以内に収まる範囲で設定する
- 自社は自社の法定外労働に、副業先は自社での労働時間すべてに、それぞれ割増賃金(1.25倍以上)を支払う
この枠さえ決めておけば、日々の相互連絡は不要になります。なお、時間外労働の上限規制のうち、単月100時間未満・複数月平均80時間以内は通算して適用されますが、月45時間・年360時間の限度時間は各社ごとの判断です。ここを混同して「うちの残業を月20時間に抑えないと」と過剰に反応する会社が出ますが、必要ありません。
手順4:月1回、3分で終わる自己申告フォームを回す
実績の回収は、Googleフォームや勤怠システムの申請機能で十分です。項目は「先月の副業先での労働時間(合計)」「体調に影響があったか(3段階)」の2つだけにしてください。項目を増やすと回収率が落ちます。回収率が落ちると、管理していないのと同じ結果になります。
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届出書に入れる5項目と、その記入例
届出書はA4用紙1枚に収めます。項目は次の5つで足ります。
| 項目 | 記入例 | この項目で判断すること |
|---|---|---|
| 1. 副業先の名称・事業内容 | 株式会社◯◯/Webサイト制作 | 競業に当たらないか |
| 2. 契約形態 | 業務委託(雇用契約ではない) | 労働時間の通算義務が生じるか |
| 3. 業務内容 | コーポレートサイトのコーディング | 自社の機密情報を使う余地がないか |
| 4. 従事する曜日・時間帯・見込み時間 | 土日のみ/月20時間程度 | 深夜・早朝に及び本業に支障が出ないか |
| 5. 開始予定日・契約期間 | 2026年10月1日〜(期間の定めなし) | 再確認のタイミングを設定できるか |
4番の「時間帯」を落とさないでください。月20時間でも、それが平日の22時から24時に集中していれば、翌日の本業に影響します。総量ではなく分布を見る項目です。
フォローは3か月に1回、見るのは稼働時間と体調の2点です
副業を認めた後のフォローで、上司が業務内容に踏み込む必要はありません。むしろ踏み込むと、社員は次から正直に申告しなくなります。確認するのは2点だけです。
- 申告した見込み時間と実績が、月10時間以上ずれていないか
- 睡眠時間が6時間を切る日が、週に何日あるか
2つ目を入れるのは、副業による健康障害が起きたとき、会社が安全配慮義務を果たしていたかが問われるためです。実績報告に「体調」の欄を設け、面談で一度でも触れておけば、記録が残ります。
面談の場は、既存の1on1に相乗りさせるのが現実的です。副業専用の面談を新設した会社は、まず続きません。
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社会保険・雇用保険・労災は、通算のルールがそれぞれ違います
労働時間の通算と同じ感覚で処理すると間違えるのが、この3つです。ルールがすべて異なります。
| 制度 | 複数就業時の扱い | 会社側の実務 |
|---|---|---|
| 社会保険(健保・厚年) | 両社で加入要件(週20時間以上かつ月額8.8万円以上など)を満たすと、両方で被保険者になる。報酬を合算して保険料を按分 | 本人が「二以上事業所勤務届」を10日以内に提出。会社は選択された側かどうかで対応が変わる |
| 雇用保険 | 原則、主たる賃金を受ける1社のみ。65歳以上は2社合算で週20時間以上ならマルチジョブホルダー制度の対象 | 基本的に追加手続きなし |
| 労災保険 | 2020年9月の法改正で、給付基礎日額は全就業先の賃金を合算して算定。両社の負荷を合わせて労災認定する「複数業務要因災害」も新設 | 事故発生時に副業先の情報が必要になるため、届出書の保管が必須 |
実務で最も影響が出るのは社会保険です。社員が副業先でも加入要件を満たすと、自社の保険料負担が変わります。届出書の「見込み時間」が週20時間に近い場合は、この点を本人に説明してから開始させてください。
解禁後につまずくのは、制度ではなく運用です
規程と届出書を整えた会社が半年後に直面する問題は、だいたい次の3つに集約されます。
届出が出てこない
制度を作ったのに申請ゼロ、という状態です。これは副業がないのではなく、出すと不利になると社員が判断しています。届出の受理者を直属の上司ではなく人事担当にする、評価に影響しないと規程に明記する、の2点で改善します。
「業務委託です」と申告された仕事が、実態は雇用だった
契約書の名称ではなく、指揮命令の有無で判断されます。時間と場所を指定され、業務の進め方を指示されていれば、契約書に「業務委託」と書かれていても雇用と扱われる可能性があります。届出書に契約書の写しの添付欄を設けておくと、後から確認できます。
競業の線引きが人によってぶれる
「同業他社での就労」とだけ書くと、判断が担当者ごとに割れます。自社の顧客リスト・見積根拠・仕入先情報のいずれかに触れる業務、というように、守りたい情報を起点に定義してください。
公開前に確認する10のチェック項目
- 就業規則に副業・兼業の条項があり、禁止できる4事由を明記している
- 許可制ではなく届出制の文言になっている
- 届出書に「契約形態」の欄がある
- 届出書に「時間帯」の欄がある
- 雇用型の副業を認めるかどうかを決めている
- 認める場合、管理モデルを採用するか原則管理かを決めている
- 月次の実績報告フォームがあり、回収の担当者が決まっている
- 社会保険の二以上事業所勤務届について、本人に説明する手順がある
- 秘密保持に関する誓約書を、副業開始時に取り直している
- 届出書を労災発生時に参照できる場所に保管している
10項目のうち7つ以上に「はい」と答えられれば、解禁して問題ありません。5つ以下であれば、まず業務委託型に限定した小さい範囲で始めることをおすすめします。
雇用型を認めるかどうかは、業種と人員構成で答えが割れます
ここまでの手順は、どの会社でも共通して使えます。ただし「雇用型の副業を認めるか」の判断だけは、一般論で決められません。シフト制で人員が薄い会社では、副業先の勤務が自社のシフトを直撃します。反対に、専門職が中心で個人の裁量が大きい会社では、雇用型を禁止すると優秀な人材の選択肢を狭めることになります。
自社がどちらに寄っているかは、離職者の退職理由と、直近1年の残業時間の分布を並べればおおよそ見えます。判断に迷う段階であれば、規程を書き始める前にその2つのデータを揃えてください。順番を逆にすると、条文だけが立派で誰も使わない規程ができあがります。
