最低賃金1177円で賃金制度を見直す5手順|中小企業

最低賃金1177円で賃金制度を見直す5手順を示した図解。現状把握・目標設定・制度設計・シミュレーション・導入運用の流れ 人事評価

従業員30〜150名の会社で賃金表を持っているなら、今回の最低賃金改定でやるべきことは「一律で何円か上げる」ではありません。等級ごとの下限額を引き直し、昇給ピッチを保ったまま全体を持ち上げる作業です。順番を間違えると、来年また同じ作業をやり直すことになります。この記事は、10月から12月の発効日までに手を動かす経営者・人事担当者に向けて、5つの手順と記入例をまとめたものです。

まず前提を確認します。厚生労働省が取りまとめた令和8年度の地域別最低賃金は、全国加重平均で1,177円。改定前の1,121円から56円の引き上げです。最高は東京の1,280円、最低は宮崎の1,085円で、その差は195円あります。福岡は1,057円から1,114円へ57円上がり、発効予定日は令和8年10月4日です。

見落とされがちなのが発効日のばらつきです。全国一斉ではありません。10月1日から12月2日までの間に順次発効します。福岡10月4日、大分11月1日、佐賀11月15日、熊本12月1日、沖縄12月2日。九州内に複数拠点を持つ会社なら、同じ会社の中で適用開始が2か月近くずれます。給与計算の締め日と噛み合わないと、支給後に差額精算が発生します。

見直しが終わった賃金表は、3つの数字だけで説明できる

ゴールから逆算します。作業が終わった状態とは、社員に聞かれたときに次の3つの数字で答えられる状態です。逆に言えば、この3つが言えないうちは作業が終わっていません。

確認する数字見る内容目安
下限余裕額各等級の下限時給 − 地域別最低賃金最下位等級で50円以上
等級間の重なり下位等級の上限と上位等級の下限が重なる範囲重なりは1〜2号まで
昇給ピッチ1号あたりの上がり幅同一等級内では一定

下限余裕額を50円としたのには理由があります。全国加重平均の引き上げ額は56円、直近の水準が続けば来年もこの規模で上がります。余裕額が20円しかない等級は、1年で最低賃金に追い越されます。追い越されるたびに緊急対応をしていると、賃金表は3年で原型をとどめなくなります。

手順は5つ、着手から反映まで実質3週間で回せる

やること目安時間
手順1全社員の時給換算額を1枚に並べる半日
手順2最低賃金との余裕額で3つに仕分ける1時間
手順3等級ごとの下限額を引き直す1日
手順4ピッチを保ったまま全体を持ち上げる1日
手順5給与計算と賃金規程に反映する半日

手順1:正社員も含めて、全員を時給に換算する

最低賃金はパート・アルバイトだけの話ではありません。月給制の正社員にも適用されます。比較するには、月給を時給に直す必要があります。

計算式は「月給 ÷ 1か月平均所定労働時間」です。ここで注意するのが、月給の全額を使わない点です。最低賃金との比較から除外される賃金があります。

  • 通勤手当、家族手当、別居手当、子女教育手当
  • 精皆勤手当
  • 時間外・休日・深夜の割増賃金(固定残業代を含む)
  • 賞与など、1か月を超える期間ごとに支払われる賃金

固定残業代を含めて計算してしまう間違いが、実務では最も多く起きます。月給18万円、所定労働時間160時間なら時給1,125円で福岡の1,114円を上回ります。しかしこの18万円に精皆勤手当5,000円が含まれていれば、比較に使えるのは17万5,000円。時給換算1,094円で、最低賃金を20円下回ります。

手順2:余裕額で3つの箱に分ける

全員の時給換算額が出たら、地域別最低賃金との差額で仕分けます。

  • 赤:余裕額がマイナス 発効日までに必ず引き上げる。放置は最低賃金法違反
  • 黄:余裕額が0〜50円 今回は違法ではないが、来年届かない。今回まとめて直す
  • 緑:余裕額が50円超 今回は個別対応不要。ただし手順4で全体調整の対象になる

赤だけ直して終わりにする会社が多く見られます。それが翌年の緊急対応を生みます。黄まで含めて一度に処理するのが、結果的に工数を減らす方法です。

手順3:一人ひとりではなく、等級の下限額を動かす

ここが今回の作業の中心です。個人の給与を1件ずつ上げるのではなく、賃金表の等級ごとの下限額を引き直します。個別対応を続けると、賃金表と実際の支給額がずれていき、最終的に賃金表が形だけのものになります。

最下位等級の下限を「地域別最低賃金+50円以上」に置きます。福岡なら1,114円+50円で1,164円。切りのいい数字にするなら1,150円か1,170円です。1,150円を選ぶなら余裕額は36円となり、来年の引き上げで再び黄に落ちる前提で運用します。

あわせて読みたいそもそも賃金テーブルと号俸制をどう組み立てるかは、設計ステップから確認できます

手順4:ピッチを崩さずに、上の等級も動かす

最下位等級だけを上げると、上の等級との差が縮みます。縮んだ差は「昇格しても手取りがほとんど変わらない」という形で、半年後に本人から指摘されます。

そこで、下限を上げた分を上位等級にも配分します。全額を同じ幅で乗せる必要はありません。下から上へ、乗せる幅を段階的に小さくします。最下位等級+90円、次の等級+50円、その上+40円、さらに上+30円といった形です。原資の総額から逆算して配分を決めます。

あわせて読みたい職種ごとに昇給幅を変える設計は、給与ピッチの考え方が参考になります

手順5:発効日を給与計算の締め日に合わせて確定する

福岡の発効予定は令和8年10月4日です。月末締め翌月払いなら、10月分の給与から日割りで新単価が適用されます。10月1日〜3日は旧単価、4日以降は新単価という計算になります。

賃金規程に等級ごとの下限額を明記している場合は、規程本体の改定も必要です。就業規則の変更届と意見書の準備を、給与計算の作業と並行して進めます。

記入例:福岡の30名の会社が、G1の下限を1,150円に引き直した

4等級制、月平均所定労働時間160時間の会社を想定します。

等級改定前の下限(時給換算)改定後判断
G1 一般1,060円1,150円1,114円を下回る。最優先で+90円
G2 中堅1,180円1,230円余裕額66円は来年届かない。+50円
G3 主任1,320円1,360円G2との差を保つため+40円
G4 係長1,480円1,510円+30円で上限側の膨らみを抑える

G1の1,150円は、月給換算で18万4,000円です。ここに通勤手当や固定残業代は含めません。改定後もG1とG2の差は80円、G2とG3の差は130円で、昇格したときの変化が金額として見える状態を保っています。

この4等級という数が適切かどうかは、別の判断です。等級の数が7つも8つもある会社では、そもそも一段あたりの差が小さく、今回のような一斉引き上げをするたびに等級が潰れていきます。

あわせて読みたい等級の数をいくつにするかで迷っているなら、役割等級の組み方から見直す手があります

つまずくのは、決まってこの3か所

私たちは福岡を拠点に、30〜150名規模の会社の賃金表を預かっています。毎年8月から10月にかけて、この仕分け作業の相談が集中します。同じところで止まる会社が多いため、3つに絞って挙げます。

1. 月給者を対象から外している

最低賃金の話をパートの時給だけの問題だと考えている会社が一定数あります。手順1で書いたとおり、月給制の社員も対象です。特に固定残業代込みで月給を設定している会社は、除外後の金額で必ず再計算してください。

2. パートの時給だけ上げて、正社員の初任給と逆転する

パート時給を1,150円に上げた結果、新卒初任給の時給換算1,120円を上回るケースです。募集要項の見栄えは整いますが、既存の若手社員から見れば説明のつかない状態になります。パートの単価を動かすときは、正社員側の下限とセットで確認します。

3. 全員一律で上げて、等級の差を自分で潰す

これが最も後を引きます。従業員45名のある会社は、3年続けて「全員一律60円アップ」で対応しました。作業は簡単です。しかし3年目に、G2の上位号俸とG3の下位号俸が完全に重なりました。昇格しても給与が1円も上がらない社員が出て、その年に主任層から2名が辞めています。一律配分は、下位等級を守るかわりに上位等級の意味を削る方法です。

反映前に確認する7項目

  • 月給者を含む全員の時給換算額を出したか
  • 換算から通勤手当・精皆勤手当・固定残業代を除外したか
  • 最下位等級の下限が、地域別最低賃金+50円以上になっているか
  • 等級間の重なりが1〜2号の範囲に収まっているか
  • 同一等級内の昇給ピッチが一定に保たれているか
  • 複数県に拠点がある場合、拠点ごとの発効日を確認したか
  • 賃金規程に記載した金額と、実際の賃金表が一致しているか

引き上げに伴う設備投資などがある場合は、業務改善助成金の対象になることがあります。要件と申請期限は年度ごとに変わるため、着手前に最新の公募要領を確認してください。

今年の56円より、来年の56円をどう吸収するかで差がつく

全国加重平均は1,121円から1,177円へ動きました。この水準の引き上げが続くと仮定すれば、余裕額50円は1年しかもちません。つまり今回の作業は一度きりの対応ではなく、毎年繰り返す前提で設計するものです。一律配分が楽に見えるのは初年度だけで、3年目に必ず等級が潰れます。

ただし、上位等級にどこまで配分を乗せるかは、その会社の等級数と直近3年の昇給実績によって判断が分かれます。原資が限られている中で、下を守るか上を伸ばすかは一般論では決められません。自社の賃金表を1枚開いたときに、どの等級から手をつけるべきか迷うようであれば、その迷い自体が設計の見直し時期を示しています。

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